熊本地方裁判所 昭和29年(行)41号 判決 1955年10月04日
原告 亀甲証真
被告 熊本国税局長
主文
原告の請求は何れも之を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「熊本市藪の内町十五番の五宅地百八十一坪九合八勺に対する熊本地方法務局昭和二十六年十一月二十八日受付第一〇九七二号の差押登記に基く被告熊本国税局長の公売処分及同処分に対する原告の審査請求に対し、昭和二十九年十月九日被告のなした棄却決定は何れも之を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、「前記宅地は同地上家屋とともに原告が訴外高柳健次から昭和二十五年五月十九日買受け代金の支払を了してこれが引渡を受け現に原告がその宅地として占有使用中のものであるが、右宅地については原告の買受以前高柳健次から訴外竹原アキノに売渡されたとしてその旨の仮登記がなされていた関係上、原告は更に右竹原に対価を支払い同人の有する本登記請求権のみを譲受け、訴外高柳健次に対し所有権移転登記請求訴訟を熊本地方裁判所に提起し、かつ竹原アキノが同裁判所に提起した高柳健次に対する所有権移転登記請求訴訟にも当事者参加手続をし現に右各訴訟は同裁判所に繋属中である。
右の経過により明かなように本件宅地は原告がその所有権を有するものでただ登記簿上高柳健次の所有名義となつているに過ぎない。ところが被告は同人に対する租税滞納処分として右物件を差押え熊本地方法務局昭和二十六年十一月二十八日受付第一〇九七二号の差押登記を経由した上原告に対し右公売期日を同二十九年九月二十九日とする旨同月十七日に通知してきた、しかしながら原告は前記のとおり被告が前記高柳に対する滞納処分による差押をする以前既に同人から本件宅地の所有権を取得しており、この間の事情は被告においてもこれを知悉しながら爾来四年余を経過した現在に至つてこれを公売に附することは全く違法であるのみならず右差押当時における高柳の滞納税金は殆んど存在せず、仮に残存するとしてもそれは五年の経過により時効によつて既に消滅していると思料されるに拘らずそれを無視して為された本件公売処分は全く不当と言うほかない。仍て原告は右公売処分の通知を受けるや国税徴収法第三十一条の四第一項但書の規定に基き審査請求を為すことなく直ちに右公売処分取消請求訴訟を提起するとともに、同年九月二十九日被告に対し審査請求をしたところ、同年十月九日その請求を棄却する旨決定し、同日その決定の通知を受けたので更に右審査請求棄却決定の取消を求めるため本訴請求に及んだ。」と陳述し、被告の抗弁に対し、「本件宅地が原告名義に所有権移転登記が為されていないことはこれを認めるが、被告は行政庁であるから民法第百七十七条に所謂第三者に該らないので登記がなくても原告は本件宅地の所有権を被告に対抗できる。」旨附陳した。(証拠省略)
被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、「原告主張の請求原因事実中原告がその主張の宅地上の家屋に居住し右宅地を占有使用していること及び被告が訴外高柳健次に対する租税滞納処分として本件宅地を差押え、原告主張の差押登記を経由した上、その主張の日右物件を公売する旨通知を為し、これに対する原告よりの審査請求につき被告が昭和二十九年十月九日その請求を棄却する旨決定したことはこれを認めるが本件宅地について原告が所有権を有するとの主張事実は否認する。本件宅地は訴外高柳健次の所有であるが仮に本件宅地の所有権が同人から原告に移転したとしても、原告はその移転登記を得ていないから其の所有権を被告に対抗し得ない、又訴外高柳健次の滞納税金が殆ど残存せず又残存したとしても時効により消滅しているとの抗弁事実も否認するが仮りに然りとしても斯る主張は滞納処分を受けた高柳自身より為されるのであれば格別、公売の目的物の所有権が滞納者以外の者に属することを以て公売処分の適否を争う本件に於ては主張自体其の理由が無いので結局被告が訴外高柳に対する昭和二十二年度より同二十五年度分までの同人の所得税及び物品税の滞納税額三十五万九千八百三十五円の徴収のため前記宅地を差押え、昭和二十六年十一月二十八日その旨の差押登記を為した上、之を公売に附した処分には何等違法の点は無いので右公売処分の取消並に同処分を不服としてなされた原告の審査請求を棄却した被告の決定の取消を求める原告の本訴請求は何れも失当である。」と述べた。(証拠省略)
理由
被告が原告居住の熊本市藪の内町十五番の五宅地百八十一坪九合八勺を訴外高柳健次に対する租税滞納処分により差押え、原告主張の登記を経て同主張の日右物件を公売する旨通知したところ原告は先づ右公売処分自体の取消訴訟を提起し次で同処分に対する審査請求を為し被告が昭和二十九年十月九日その請求を棄却する旨の決定を為すや更に右決定の取消訴訟を提起するに至つた経過は当事者間に争ない。そこで先づ原告提起の右後訴が訴の利益があるか否かにつき按ずるに原告の前訴即ち公売処分其のものの取消訴訟は国税徴収法第三十一条の四第一項但書の規定に基き提起されたものである以上、同訴が右但書に規定する審査決定を経ることを要しない場合に該当するか否かは、まさに裁判所が職権を以て判断すべき訴訟要件であるから若し前訴が不適法として却下された場合を慮り更に審査請求棄却決定の取消をも併せ求めることは、其の判断を求める実体的事項は全く同一であるとしても必ずしも訴の利益なしとは断じ難いので、両訴共適法のものとして以下本案につき検討する。
原告は本件宅地の真実の所有者は高柳に非ずして原告であるから高柳に対する租税の滞納処分により右宅地が公売に付される謂れはないと主張するのであるが右宅地の登記簿上の所有名義が高柳であつて原告でないことは原告の自認するところであつてみれば被告がこれを高柳の所有と看做し同人に対する租税の滞納処分のための差押を為し公売処分に附したことは、民法第百七十七条の第三者に、租税債権による差押債権者たる国も当然該当するものと解するを相当とする以上、もとより当然の措置と云うべく原告の右主張は理由がない。
次に原告は本件宅地差押当時前記高柳の滞納租税は殆んど存在せず、仮に然らずとしても時効により消滅していたと抗争しているが斯る主張は滞納処分を受けた高柳自身により為されるのであれば格別公売の目的物の所有権が滞納者以外に属することを以て請求原因とする本訴請求に於てはその主張自体その理由のないこともまた明かと言はなければならない。
果して然らば訴外高柳健次に対する租税滞納処分として本件宅地を公売に付した被告の処分並に右処分を不服とする原告の審査請求を棄却した被告の決定は何等違法不当の点はなく、原告の本訴請求は何れも失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 浦野憲雄 堀部健二 田原潔)